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会社案内

「農業」と「街づくり」の
両面から、
地域の暮らしを支える

肥料・飼料・米穀の集荷から、建設資材・不動産まで。
いずれも私たちの暮らしに欠かすことのできないものとして、
一つひとつ携わってまいりました。

事業風景1
事業風景2
事業風景3
事業風景4
事業風景5
事業風景6
代表取締役社長 赤羽 英次郎

暮らしの礎であり続けるために。

肥料や飼料をはじめとする「グリーンビジネス」は、食糧の生産において必要不可欠なものであり、セメントを中心とする建設資材も、住宅や道路といった生活インフラの根幹を成すものです。

また、不動産事業を通じて保有・運営する施設も、地域の皆様が集い、働き、暮らす場として、まちづくりの一翼を担っております。

150年の長きにわたり事業を継続できたのは、ご支援いただいた全てのお取引様のお陰であり、同時に、常に社会生活の礎となる商品・サービスを取り扱ってきたからだと考えております。

今後も創業の精神を大切に、社会生活に必要不可欠な物資・サービスの提供を天命とし、地域の皆様に信頼され、必要とされる会社でありたいと思います。

赤羽産業株式会社 代表取締役社長

赤羽 英次郎

会社概要

商号赤羽産業株式会社
代表者代表取締役社長 赤羽 英次郎
所在地〒390-0832 長野県松本市南松本2-6-60
創業・設立明治5年(1872年)/ 昭和27年(1952年)3月29日
事業内容肥料・飼料・建設資材の販売、米穀集荷・農産物検査
関連会社赤羽不動産(株)/ 信菱食品(株)/(株)鎌崎米穀店

赤羽産業の歩み

創業期

1872 – 1943

明治5年 – 昭和18年

葉タバコ販売業として松本に創業。
やがて、その生産に欠かせない肥料の販売へ。

1872

明治5年

赤羽茂十郎が葉タバコ販売業を東筑摩郡松本町南深志伊勢町(現在の松本中央)に創業。たばこ専売法施行に伴い、たばこ元売捌人となる。

1905

明治38年

初代 赤羽茂一郎が化学肥料販売業の許可を取得し、販売を開始する。

1935

昭和10年

日本配合飼料(現フィード・ワン)の特約店となり、配合飼料の取り扱いを開始する。

1936

昭和11年

初代 赤羽茂一郎の物故により赤羽太郎が事業を継承し、二代目 赤羽茂一郎を襲名する。

1943

昭和18年

赤羽茂一郎が全国肥料組合(現・全国肥料商連合会)常任理事に就任する。

拡大期

1950 – 1978

昭和25年 – 昭和53年

法人化を機に、飼料・セメントへと業容を拡大。
南松本に拠点を構える。

1950

昭和25年

株式会社へ改組し、「株式会社赤羽茂一郎商店」とする。(資本金200万円)

1956

昭和31年

電気化学工業(現デンカ)の特約店となり、デンカセメントの取り扱いを開始する。

1960

昭和35年

事業所を伊勢町から深志へ移転する。

1965

昭和40年

赤羽孝一郎が全国肥料商連合会理事に就任し、以降役員を歴任する。

1971

昭和46年

合併により発足した日本農産工業の特約店となり、ノーサン印の配合飼料の販売を開始する。

1972

昭和47年

資本金を1,200万円に増資する。

1973

昭和48年

本社移転を前提に南松本へ用地を取得。倉庫を建設し、貨物専用の引込線を敷設する。

1974

昭和49年

南松本の土地に社屋を建設し、本社を移転。同時に社名を「赤羽産業株式会社」へ改める。

1978

昭和53年

赤羽孝一郎が4代目 代表取締役社長に就任し、赤羽一郎は会長となる。
赤羽茂一郎が産業功労者(農業振興)として勲五等瑞宝章を受章する。

現在へ

1982 – 現在

昭和57年 – 令和

駅前の自社ビル竣工により不動産事業へ。
5代目体制で、次の150年へ。

1982

昭和57年

「赤羽ビル」が竣工。テナントとして「松本東急イン」が開業する。

1999

平成11年

子会社である有限会社関ファームを吸収合併し、資本金が1,380万円に増資となる。

2017

平成29年

赤羽ビルの松本東急REIホテル(旧松本東急イン)が閉業し、アルピコプラザホテルが新たに開業する。

2018

平成30年

赤羽英次郎が5代目 代表取締役社長に就任し、赤羽孝一郎は会長となる。

2023

令和5年

子会社である鎌崎米穀店を設立。

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